タイ最大のお茶どころ パヤパイ村[漂排村(Phayapai)Tea Valley]を一周,ソードタイ[滿星疊(Therd Thai)]の茶園を見学

Phayapai-Tea-Valley タイの旅
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漂排村 (Phayapai) Tea Valley をぐるっと一周

2018年12月にタイのメーサロンへ初めて訪れてから、北タイのお茶産業について色々と勉強していくうちにますます興味が深まっていきました。
そのため2019年4月に再度メーサロンの製茶工場の盧さんのところを訪れました。色々話しを進めていくうちに、茶畑を巡回に同行するついでにタイ最大の茶所がある漂排村(Phayapai) Tea Valley に連れて行ってもらうことになりました。

メーサロンから北へ上がっていき1時間弱ぐらいで漂排村の入り口へ到着しました。ここから山の傾斜地に茶畑が延々と続きます。

ミャンマー国境に接するところで旗がなびいていましたが、ミャンマーの国旗とは違います。シャン州の旗のようですがミャンマーの反政府軍のキャンプとのことです。国境の向こうにいる彼らが今も麻薬で資金稼ぎしているかどうかは不明ですがなぜか緊張しますね。近くに寄らずに少し遠くから写真を撮りました。

しばらくすると大きな茶園が現れました。長引く干ばつで茶葉は茶色に枯れているとこともありましたが、丘の上から見下ろす茶畑は風情がありますね~。
※この日は4月17日で夜になり雨が降りました。2019年に入ってからこの日まで一日も雨が降らなかったです。

茶の木の間には、お茶の古木やマカダミアナッツの木も点在しています。

漂排村をぐるっと一周してきましたが、ところどころに民家があり家の前には萎凋作業できる場所を設けていました。ほぼどの家もお茶の仕事をやってそうでした。盧さんの話によりますと、このあたりで生産されたお茶は主にドリンク用とのことです。

滿星疊(Ban Therd Thai)の茶畑を見学

次に盧さんの茶畑がある 滿星疊 の中心地を案内してもらいました。以前は( Ban Hin Taek
) という地名で中国語の当て字が「滿星疊」、現在は改名されて( Ban Therd Thai
) という地名になっています(漂排村 (Phayapai) Tea Valley も Ban Therd Thai に含まれます)。

村からガタガタの山道を登りきったところに茶畑が現れました。傾斜地にお茶をたくさん植えています(本当に道があるのかどうか不安なぐらいでした)。
「本来は3月から雨が降るので、この時期は新緑がとっても綺麗なんですよ~」と盧さんの言葉には今年の収穫への心配が伺えました。

古くなったお茶の木を刈って若返りをはかっていました(台刈り)。1年経つとまた青々と若葉が出てきます。お茶の品種は金萱と青心烏龍です。

リーダー格のスタッフに茶樹を刈る指導を行っていました。この茶畑で仕事する労働者にはタイ語すら喋れない山岳民族の人もいるので、このスタッフは雲南系タイ人で美斯樂の人たちと同じく、タイ語以外に北京語や雲南語(私たちも何となく聞き取れる)+数種類の少数民族語を話せるようです。

【YouTube】パヤパイ村を一周してソードタイの茶園を見学

タイ最大のお茶どころ パヤパイ村 [漂排村(Phayapai)Tea Valley]を一周し[滿星疊(Therd Thai)]の茶園を見学 ไร่ชา พญาไพร เทอดไทย

滿星疊にある観光スポット【クンサー博物館】を見学

実は滿星疊はその昔 “黄金の三角地帯(ゴールデントライアングル)” のヘッドクォーターだったところです。1964年から1982年までかつての麻薬王として名高い「クンサー(昆沙)中国語名:張奇夫」の基地があった場所です。タイ軍に追放されてビルマへ逃げる 1982年まで、クンサーは中華学校や病院を建てたり村へ貢献していました。そのため2007年にヤンゴンからクンサーの訃報が伝わって来た時、村人はとても悲しんだようです。未だにここの村人達はクンサーを尊敬していると聞きます。そのため、村人がお金を出し合って、クンサーの old camp を博物館に改造しました。

そんな大昔のことではないですが、現在の村の雰囲気はとても平和で、博物館は滿星疊の観光スポットとなっています。
かつて麻薬で生計を立てていた地域が、現在はお茶の一大生産地へと発展することで村が潤い、さらに平和をもたらしたのでしょうか。そうだったとしたらとても喜ばしいことですね。

参考:wikipedia 滿星疊 Ban_Hin_Taek
https://en.wikipedia.org/wiki/Ban_Hin_Taek

クンサー博物館